はじまりも 終わりも わからなくて

はじまりも 終わりも ないような気がしてて














「新八っつぁん、ぎゅってしてもいい?」



廊下を歩く俺の後ろから、いつもみたいに馬鹿なことを言ってきたから、

いつもみたいな馬鹿みたいにふやけたこいつの顔を想像して振り向いて、いつになく真剣だったことに驚いてしまった。





「いきなり、何なんだよ・・・・」

「だめ?」



「や・・・・だめじゃ、ないけど・・・」





そういった瞬間、後ろから腕を引かれて、平助の胸に閉じ込められた。


ぎゅ、なんてもんじゃなかった。ぎゅぅーって、すごい力で。






「・・・永倉さん、」

「何ですか」

「本日はお日柄もよく、」

「帰れ」

「えっ、や、ごめん」

「・・・・・」

「・・・・・えっと・・」

「・・・何、」

「・・・・・やっぱいいって言ったら怒る?」

「すっぱり斬り捨てる」

「ごめんなさい。」



「・・・・・・・・で?」


「・・・・・あー、うん・・・」









「・・・、・・・・その、好き、なんですけど」





小さく耳元で囁かれた言葉は、小さく震えていて、










はじまるのが怖かった。

まだはじまってもいないのに、終わってしまうことに絶望して、



全てが埋め尽くされて、それが崩れてしまうのが

怖かった。





いつはじまったかさえ、気付かなかったのにくせに






なんて


今思えばなんておかしな話だ。




それでも、いつ終わるかなって、どきどきしながら待ってて









いつくるかも分からない、まっくら闇に放り出されるのが、

怖かった。






「俺も、多分好きだよ。」

「そうですか、すみませ・・・・、・・何、好き!?っていうか多分ってあんたちょっと」

「何そのありがちな反応。ていうか嫌ならなかったことに、」

「うっわうそ、冗談やめてよぱっつぁん!」






これが終わりなんだってことにも、気付かなかったくせに


終わってしまうことに、恐怖していたんだ。





馬鹿だよなぁ。









それから俺は平助と何となく手を繋いで、何となく口付けして、なんとなく平助を、好きになった。

そのあいだに季節が何回も巡って、平助が笑うたびに永遠にこの時が続けばいいとか柄にもない事を何回も思って、






それでも季節は巡って、桜が咲いて暑くなって葉が枯れて雪が降った。


そして彼は死んでしまったんだ。



世の中っていうのは、本当にうまく回らないようにできてると思う。







「ぱっつぁん、」

「・・・・・何だよ」

「ぎゅってしていい?」

「いきなり、だね」

「だめ?」



「・・・・・・ダメじゃないけど、」

「・・・ありがと」




廊下を歩く俺の後ろから、最近全然言わなくなった、馬鹿なことを言ってきたから


最近全然見ない、馬鹿みたいにふやけたこいつの顔を想像して振り向いた。





でもそれは期待はずれで結局いつもみたいな無表情を見てしまって、俺は少し泣きそうになって、


(泣けたらいいのに何で涙がでないんだろう)





言葉を発してから少したって軽く腕を引かれて、平助の胸に閉じ込められた。

ぎゅっ、なんてもんじゃなかった。ふわって、すごく弱い力で。





「新八っつぁん、」

「・・・・・な、に」

「今日、いい天気だね」

「・・・・・・雨降ってんじゃん、ばか」

「そっか、ごめん」

「・・・・・・」

「あのね、」

「・・・・・・・・うん、」

「あのね・・・・何もないって言ったら、怒る?」

「・・・斬ってやるよ、スッパリ」

「・・・・・・そっか・・」

「・・・うん、そうだよ。・・・・きれいに、痛くないように斬ってやる。」




「そっか・・・・・・・じゃぁ、何にもないよ。・・新八っつぁん」




小さく耳元で囁かれた言葉は、小さく震えていた。




違う、これは、俺が震えてる、のか。







終わるんだろうと、思った。


始まりが怖かったのにうっかりと始めてしまった俺は、俺たちは、それ相応の終わりを迎えたんだ。



それはまぁ、自然の摂理に等しいことなんだろう。






「なぁ平助、」

「・・・なぁに?」

「・・・・・・・何もない。」



だから俺を斬ってくれよ、俺がお前を斬ってやるから。




「・・・・そっか・・」



うっかり始まってしまった俺たち。だから終わりも一緒に迎えようよ。




そんな優しい声で嬉しそうに囁いたりしないでいいよ。お前は俺の胸をその腰に下がってる刃物で貫いて、俺は俺の腕でお前の首を締め上げようよ。

そうして二人でここに倒れて、肉が腐ってどろどろになって溶け合うまでここにいよう、土に還って草を育てよう。


骨が溶けるまでには何年ほどかかるのだろうね。







「・・・・、・・・なんてな」

「・・・・ぱっつぁん?」

「んーん、何にもない」




でもまさかその思いつきをこの場で口にできるほど俺は出来た人間じゃなくて、そのまま口を噤んで平助の腕の中でじっとしていた。




「・・・変な新八っつぁん」



無理に笑うこの男の腕の中からでたら俺の世界は終わるのだと思った。そして新しく始まるのだ、過去の世界に固執しながら。




また俺は始まるのを怖がっていて、そして終わることに覚悟をうまく決められないでいる。


情けないったらありゃしないね。








「・・・・ねぇぱっつぁん、」

「何でだろ俺、すごく悲しいよ、新八っつぁん」





始まるのが怖かった。終わりに怯えていた。その二つは唐突に俺の前にやってきて、大切なものを掻っ攫っていった。




でもまぁ結局のところ、平助も俺と同じ気持ちでいてくれればすごくうれしい。

ただ、それだけの話だ。






「・・・・・あたり前だ、ばーか」










始まりも終わりもわからなくて、

始まりも終わりもないような気がしてて




いつくるかも分からない、まっくら闇に放り出されるのが、

怖かった。






でもさ、







始まりも終わりもお前でよかった。







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2007/04/28