「ぱっつぁん。俺ら、そろそろ別れない?」



「・・・・ん、いいヨ。」



「軽く流したね、」



「お前がしようと思うコトに、俺が反対なんて出来ると思った?」



「いっつも俺に反抗的なクセに。」



「アハハ、まぁね」








思ったよりも、あっさりと別れてしまったけれど




あの人の心に、俺と出合ったという痕跡は、残せたのだろうか。






もしかしたら、もう忘れてしまっているかもしれない。




忙しい、ひとだったから。






















「何をお考えですか、藤堂さん?」


「・・・・総司、」


「そんな暗い顔してると、永倉さんに嫌われますよ」





「屋上は立ち入り禁止の筈だけど。」


「お互い様でしょう」







クスクスと朗らかに笑う、長い髪と白い肌と大きな瞳を持つこいつは、男子の制服を着ていなければ優しげな女生徒にも見える。






俺の顔を覗き込んでいた頭をひょいと退たと思うと、よっこいせと隣に腰を下ろした。


長い髪がさらりと揺れて、シャンプーの匂いがこっちまで届く。







「・・・・年寄りくさい座り方。シャンプーは女物?」


「うるさいですよ、黙ってください」






風に靡く黒髪がすごくきれいだ。




柔らかいというよりは、脆そうな、細い長い髪。

俺は昔から、この髪と、茶色のふわふわした柔らかそうな、柔らかい、髪を見るのが、大好きだった。






「で、どうしたんですか?お昼の時間にも、恒例のノロケ話がなくってつまらなかったんですよー」


「別れたんだ。」







一瞬、長い睫毛がゆれる。

何もかもが長いやつだ。背も結構高いと思うし。








「・・・、・・・へぇ、誰とです?」


「ぱっつぁんと」


「・・・・・・・、」


「別れたんだ、」


「・・・・何故ですか」


「疲れた、から」


「何故、」







「・・・ぱっつぁんのコト、好きすぎて。疲れちゃったから」



「好きすぎて好きすぎて、好きがどんどんでっかくなってくから、好きになるのが疲れちゃったの」










俺がそう言うと、総司は何だか形容しがたい顔で空を仰いだ。




総司につられて上を見ると、遠く澄んだ青空に真っ赤な葉が舞っているのが見えて



そういえば、季節はまだ秋なんだっけ。




















「・・・・・・・」




「でも、きっと、ちゃんとずっと、好きなんだけどね」


「・・・藤堂さ、」



「あとさ、綺麗に残るじゃん。今、ここらへんで終わっちゃえば」







これ以上好きになる前に、

これ以上を求める前に、





手を繋いで頬を染める、あの人見ていられる間に。





あの人の気持ちが、恋ごころから愛情に変化する一歩ほど手前で。











「別に、狂おしい愛を望んでるんじゃないんだ、俺は、」









「ただ、あの人の心ン中にちょっとだけでも置いてもらえれば」








「それで、いいんだ」














思ったより、あっさり別れてしまったあの人は




今、何を考えているのだろう。





俺のことなんか、考えてくれてるのかな。




忙しいあの人は、もう忘れてるかもしれない。












「永倉さん、」


「え?」


「永倉さんは、泣いてました。」


「・・・・・そっか、」












ふっと浮かんだ笑みは、




総司の目に、どう映ったのかは知らないけれど。








総司が手を振り上げたのを見たと思ったのと同時に頬が熱くなり、ジンとした痛みが走った。







「・・・・・・、」


「そんな、軽いものじゃないですよ、あの人の涙は。」


「そう、だね」


「なんで、もっと真剣に愛してあげないんですか。もっと真剣に、束縛してあげ
ないんですか。」


「・・・・・・」







「なんで、永倉さんは、こんな人の事・・・・ッ」


「だって、ぱっつぁんは俺のことが、すき、だから」


「何、調子に乗ってるんで・・・」






「あいしてる、じゃないの。すき、なの。」


「・・・何なんですか、それ」








総司の黒い眸が、陽炎のように揺らいだ。





いじめっ子みたい、俺。










「すき、のうちはね、綺麗な思い出だから。






でも、あいしちゃうと、綺麗なのに黒くなっちゃうから。






だから、俺は、あいしてる、はあの人にあげないんだ。」


















さっき舞っていた葉っぱだろうか。



ヒラリと、屋上の冷たいコンクリートの上に落ちた。






「歪んでます、」



「うん」




膝を抱えて蹲る総司は、泣いているようにも見えた。






「歪んで、ますよ。」



「・・・・知ってるよ、」






でも、声は泣いてなんていなかった。


むしろとても強い声だった。









「永倉さんも、こんなやつ、嫌いになっちゃえばいいのに」


「無理だよ、だって大好きだもん。」


「知ってます、・・・・・馬鹿ですよ、二人して」




「総司もね」


「何でですか」









「だって、総司も俺とぱっつぁんのこと、大好きでしょ?」



「・・・・・・・・、・・・私が好きなのは永倉さんだけです。」










調子に乗らないで下さい、と言う声は、泣きそうだった。















「・・・・俺もだよ」












それでも、




綺麗なままでいるのは、難しいから。











歪んでいても、



あの人が忘れなければいいと思ったんだ。









俺はずっとずっと忘れないし君のことが大好きだし好きで好きでとっても愛したままだから









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06 10/21 up