空が落ちてくる夢を見た。





夕焼けと青空と夜空が全部交ざった色が、すごい速さで目の前に迫ってくる。


ぐーんと近くなった空に触れようと手を伸ばして、届いて、自分もその色に溶けていく。




すこし気分が悪くなる。船に酔った時みたいな。伸ばした手から順番に、赤と青と黒が交ざった空に染まっていく。


周りには何もない。木も小鳥も家も豚も犬も、もちろん人間も。





急速に染まっていく自分の体はちっとも現実味がない。そう、夢だから。


周りの色は赤、青、黒。あと、わずかに残ってる自分の肌色が。





くるくる、くるくる


目の前が回ってる感じがする。くるくるくるくる。


いやでも三色しかない世界に方向感覚も色彩感覚も三半規管も麻痺しかけてるというのに、世界が回ってるか回ってないかなんて分かるワケがない。






くるくるくる

赤と青と黒がくるくるくるくるくる





目が回る。どうなるんだろう。染まっていく身体。真っ赤な腕と真っ青な顔と所々侵食された真っ黒な身体。







くるくるくるくる


あぁきっと、空に溶けて、消えるんだ!














ふと思った。世界の終わりはこんなのかと。
























「・・・っていう夢を見たの」


「随分と愉快な夢だな・・・」


「いや結構怖かった。」


「だからこんな時間に俺の部屋まできたの?」


「・・・・、」






平助は黙ったまま、俺の手を更に強く握った。






「痛いんだけど。」

「・・・すみませんでした」






とか何とか言い合いながら、平助の手は俺の袖に移動する。






怖かった。と平助が言う。周りが全部色で埋まっててただ飲み込まれて、自分がすごく無力だって感じたの。



すごく怖かったんだ、もう一度呟く平助の頭を、今度は出来るだけ優しく撫でてやった。





「・・・・大丈夫、その夢の中にはきっと俺もいたよ」

「いなかったよ、」

「いたんだよ。ずっと平助を見てたよ。」




「・・・無理だよ。ぱっつぁんはいなかった。」

「無理でもいいの。俺はずっと平助の近くにいるよ。」

「・・・・・いなかった」

「いたんだってば。」



「・・・・・・・、」

「今も、いるよ。」







ぎゅぅ、と俺より大きな身体を丸めながら抱きついてくる。






苦笑いをしながら、子供をあやすようにその丸くなった背中をポンポンと叩くと、少し力が緩んだようだ。


叩いたその背の温かさに、俺が安心する。ほっと息をつく。









「・・・世界の終わりがさ、こんな風だったらいいのに。」

「空が落ちてくるんじゃなくて?」

「うん。・・・・・・二人でいられたらいい」

「・・・大丈夫だよ、空は落ちてこないし、世界もまだ終わらないよ。」

「・・・・・・」

「終わらないから。」

「うん・・・・」






ぎゅうぅって、もっと強く手を握られた。さっきよりもっと痛かったけど、平助の痛そうな顔を見て、きっと見なくても、痛いとは言わないでいた。




「好きだよって言って欲しい?」

「・・・ほしい。」

「好きだよ」

「・・・ありがと」



「・・・・・・好きだよ、平助。」

「・・・・・・・うん、」








空が落ちてくる夢を見たというこいつの空を想像してみた。


でも俺は空を想像できなくて、泣きそうな顔で怖いと言う泣かない平助の顔だけが、俺の思考を占める全てで。








世界の終わりは、こんなのだと良いと思った。

























空が落ちてくる夢を、見たかった。

一緒におちて、しまいたかった。


















「・・・・・・平助・・・」





視界に移るのは、赤と青と黒。

その色を構成してるのは、冷たい地面に横たわる平助。





俺が抱きかかえている平助の顔は泣きそうに歪んでいた。でも泣いていなかった。俺の思った世界の終わりと似ていた。


血に濡れて真っ赤な腕と、目を固く閉じた真っ青な顔と、半分闇に溶けたような真っ黒な身体。


赤と青と黒がぐちゃぐちゃに混ざっていた。平助が夢に見た落ちてくる空に似ていた。








ぐわん、と頭に何か柔らかいもので強く殴られたような鈍痛が走る。



落ちてきた空に、押しつぶされそうだ。








「・・・・・・落ちてこない、って・・・自分で言ったのに、」





世界が終わらないとも。言ったのに。

俺の世界は、今、終わりを迎えようと、して、

空が、落ちてきて。





空に潰された。重くて苦しくて、死にそうだ。





お前の空は、いつからこんな色をしていたの?




「・・・平助、・・・苦しいな・・・・・・・」



抱きしめた平助と、一緒に溶けたいと思った。空の色に、染まって。














空が落ちてくる夢を、やっと見ることができたよ。


でも平助の望んでいたように、二人で一緒に終われなかったよ。でも俺の世界は終わったよ。平助と一緒に終わったよ。


あぁ、今ならきっとお前と分かり合えるよ、空に潰されて苦しいよ、色に染まって、













世 界 の 終 わ り に 立 ち 会 お う 。







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06 11/18up