彼を好きなのは俺であって当たり前だけど彼じゃない。
それは当然のことだけどとてもすごいことだと思う。
なぜかと言うとそれは何でも彼の思い通りに動きたい俺の中で
唯一彼の思い通りに動かない彼だけのものだからだ。
俺は彼が好きだ。











開け放した窓の外からは、運動部が一生懸命に部活に励む声が聞こえてくる。
あんまり風は入ってこなくて、でも夕方になって少し冷えた空気が流れてくる教室で、俺は放課後特有の雰囲気に浮かされてしまいそうだ。



「ねぇ新八っつぁん…俺もうすぐ爆発しちゃうかもしれない」
「別にいいけど俺の近くではすんなよ」


窓から差し込む夕日を背負った憂い顔の俺がため息とともに出した言葉に、彼は相変わらず冷たい。

俺が買ってきた漫画雑誌、実は表紙のグラビアアイドルの目のあたりがちょっと新八っつぁんに似てるなぁでも胸がちょっと小さいかなぁとか思ってつい買っちゃった普段は読まない、をぱらりぱらりと捲りながら、俺が買ってきたポッキーをぽりぽりぽりと音をさせながら高速で消費していく姿を見て、まるでリスとかネズミみたいだ、と思って、それから口に出したら睨まれた。

慌てて食べ方がそう見えるだけだと付け加えてみる。まぁ、殴られた。あんまり痛くないのが優しさ、と思いつつ今度は口には出さない。どうだ、俺だって学習するんだ。


「そうじゃなくて、どうしてとか聞いてくれないわけ」
「聞かねーよ、どうせろくでもないことだろ…ていうか聞いてほしいのかよ」
「ほしいよ!じゃないと口に出さないって」
「あっそ…って嘘つけ、お前思ったことすぐ口に出すだろ」
「え、リスって言ったの根に持っちゃう感じ?ていうかだから聞いてくれないの!?」

「別に気になんないし」
「そんなに聞きたいなら教えてあげよう、俺ひゃ」


噛んだ。言葉をじゃない。舌を噛んだ。痛い。
静かに悶える俺に新八っつぁんの冷たい視線が突き刺さる。これも痛い。



それを何とか受け流して、小さく咳払いをして気を取り直して

「俺はね、新八っつぁんが好きすぎて爆発しちゃうかもしれないわけよ」
「………あっそ」
「…まぁそんな反応なのわかってた」
「俺もそんな事言うだろうってのわかってたよ」


新八っつぁんがあぁもう面倒くせぇ、みたいな目で見てくる。
何だかさっき舌を噛んだときより痛いみたいな雰囲気だ。俺が。


「馬鹿なことばっか言ってんじゃねーよ…じゃぁ俺のこと好きなのやめれば?」

それから小さくため息をついて、読んでいた漫画雑誌を閉じて、持っていたポッキーを2本まとめて噛み砕いた。


やめれば、の言葉に俺は少しショックを受けてしまった。え、そこ普通もっと照れたり何だりしてくれるところじゃない?
でもさっきの学習を生かして口には出さない。かわりに俺の愛をもっとばらまいてみた。


「いやいや、それだけは譲れないね!新八っつぁんを好きなのやめるくらいなら爆発してばらばらになってぐちゃぐちゃになって脳味噌ぶちまけるよ」

返す、とこちらに向けられた漫画雑誌の表紙で白い歯見せて笑っているグラビアアイドルと目が合う。
ちょっと丸顔の童顔でかわいい、そこもちょっと似てるかも。けどやっぱり胸が小さい。


俺の熱い気持ちに反して新八っつぁんの反応はやっぱり冷めていた。

「グロいこと言ってんじゃねぇよ…意味わかんねぇ、死んじまったらそれまでだろ?」

はい、正論です。


「……そうだけど」

その言葉に新八っつぁんの顔を見てられなくなって、そのグラビアアイドルの胸よりも更に小さい、
ていうか当然なんだけどまっ平らな新八っつぁんの胸あたりにに視線を落とす。

俺の馬鹿な思いつきの発言にいつも新八っつぁんは厳しい。
でも、そんな馬鹿な発言を口に出さないと新八っつぁんへの思いを表わせないんです、俺。
そう言い訳しようかと、新八っつぁんのまっ平らな胸を見ながらうんうん考える。


「…それにお前が爆発したら俺も爆発するよ」
「え、」

うんうん考えて結局言わないでおこうと決めた俺の耳に入ってきたセリフを、うっかり素通りさせそうになりながら慌てて捕まえる。



「お前が死んだら、きっと一緒に俺も死ぬよ。」

「…でも意味わかんないんでしょ」

「意味もわかんないし死んだらそれまでだけど、俺はどうせお前が死んじまったらそこで終わりだから」


びっくりした。
何にって、まぁ新八っつぁんがそんな事考えてたんだってことと、そんな事面と向かって言ってくれたことに。

びっくりして思わず視線を上げた俺の目に映ったのは、
何でもないような顔してポッキーの袋に指を突っ込んで折れてないのを探す新八っつぁんだ。



「別に寂しいからとかじゃなくて。
お前がいなくなったら俺の好きもどんどんたまってたまって、いっぱいになって爆発する。

肉とか血とか飛び散って骨も砕けながら、全部をお前に向けて爆発するよ。」


すごく悲惨だ、と言いながらも薄く笑みを浮かべた新八っつぁんは、探し当てた完全体のポッキーをつまんで噛んだ。
ぽきり、とポッキーの折れる音がさっきよりも大きく響いた気がした。

その音に俺はさっき慌てて捕まえた新八っつぁんのセリフを思い出して、
きっと新八っつぁんが爆発するならこんな軽い音、いやでもやっぱり骨が砕ける音かもしれない、とか想像しちゃって、
少し怖くて、それよりもちょっとだけ多く嬉しくなった。




「……ていうか新八っつぁんの言ってることのがグロいよね、俺のより」
「うるせぇよ」


ポッキーを食べる音だけで進んだそんな妄想を棚上げしてそんなこと言いつつも、新八っつぁんが爆発してそれが全部俺のものだったりしたら、
きっと俺はすごく欲情してしまうのだろうなぁと思う。


そんでそんな考えを口に出すだけで、白い歯で童顔の、でも胸の小さいグラビアアイドルなんかよりよっぽど俺を興奮させる彼に、
俺の心臓は爆発しそうだ。

そしてそんな直球な攻撃に今にも爆発しそうな俺は、新八っつぁんの、夕日のせいじゃなく赤い顔に気づいてしまった。



「…ていうか新八っつぁん、顔超赤いんですけど」
「だからうっせぇよ!」

学習したはずなのに、その思った以上に破壊力のある新八っつぁんの表情にうっかり余裕をなくした俺はまた同じ失敗を繰り返す。
殴られたときの痛みはさっきより強かった。だからきっと余裕がないのは新八っつぁんも同じだ。

可愛いなぁ、やっぱ爆発しそう、でも



「…こんな可愛い新八っつぁん道連れに死ぬ、のはまだちょっと早いよねぇ」
「もしかしたらお前が死んだら後なんか追わないで嫁でももらうかもしれないしな」
「え、」
「それがいやだったら死ぬんじゃねぇぞ」
「ぜ、善処します」
「善処?」
「ぜ、絶対約束します!」


よし、と目を細めてグラビアアイドル顔負けの白い歯を見せて笑う彼はやっぱり可愛い。







爆発しそうなほどに彼を好きなのは俺で、その気持ちは絶対に誰にも、
そう、俺を爆発させてしまいそうな目の前の彼にすら動かされないものだと思ってた。

でも俺は、これは完全に間違いだったことに気づいてしまったわけで。


なんでかっていうと、まぁ、




「でもまぁ、今のでさ」

「何?」

「もっと俺に惚れたろ」

「……!」











赤い顔のまま得意げに笑って、結局俺が一本も食べてない俺が買ってきたポッキーの最後の一本を口に運ぶ彼をもっともっと好きになってしまう俺は、
完璧に彼の思い通りだからだ。



--------
2009/06/02