外では蝉が鳴いている。窓は全開だが、時折吹く風も生温くどっしりと湿気を含んでいて冷気は全く感じ取れない。


外からダイレクトに耳に響くような蝉の声がミンミンジワジワと離れなくて、














「・・・っあちーよ、花井助けてー」



ただでさえ暑い中、それを助長する台詞を吐くのは、俺の前の席に座って俺の机に突っ伏してる同級生。

自分は言うとさらに暑くなる気がして我慢していたというのに、この野郎。



「・・・この前みたいに脱ぐなよ」

「脱がねーよ、ここじゃ焼けねぇもーん」



ぱたぱたと動かされるくつろげたカッターシャツから見える鎖骨に、つっと汗が伝う。


「・・・ったく、汗くらい拭けっつーの」


傍目から見ても可哀想なほどに暑そうだが、生憎俺にはどうすることもできない。

しょうがないので首にかけていたタオルを渡してやる。自分はあまり汗をかかないほうだから、あまり汚れてはいないと思う。




「おぉ、サンキュ!」

「拭いたら返すなよ、洗って返せ」

「あ、・・・・・花井の匂いだー・・・」

「人の話聞いてんのか、つーかやめろ気持ち悪ぃ!」

「お、花井の顔ちょっと赤い?照れた?照れちゃった?」

「・・・・、」




慌ててタオルを奪い返そうとするが、案外しっかり握られていたタオルは田島の手から離れない。小さいくせに力は結構あるんだ。

諦めて手を離すと、田島はすぐに「花井の匂い」と繰り返しながら顔面をぐぃっと拭った。





その幼い可愛い仕草が男らしく見える俺は末期だ、悔しい。













「はい、タオルどーも!」



やっぱり人の話を聞いていなかった田島は、汗を拭いたタオルを俺の首にかけなおす。

田島の汗のにおいが、ふっと鼻をついた。




「あ、」

「ん、何?どしたの花井?」




汗を拭いて少しさっぱりした表情の田島は、かくっと首を傾げて訊ねてきた。


その拍子に、汗で少し湿った、ふわふわでもサラサラでもない黒髪が揺れる。




「や・・・・なんでも、ねぇよ」


文句を言うタイミングを完璧に逃してしまって、ぱっと顔をそらしてまた英語のノートに向かう。

スペルを頭の中で反芻する。田島の汗の匂いが鼻に残って、うまく頭が回らない。




蝉が鳴いている。









「・・・・あー、俺も花井みたいに髪の毛剃ろうかな。ジョリジョリっと!涼しいだろその髪型」


手で髪を掴んで片方の手でチョキをつくって、ちょきん!と髪を切る仕草をする。




「涼しいけど・・・マジで剃んの?良い床屋紹介してやろーか」


「え、・・・・・やっぱ剃らない」



特に悩んだ様子もなく前言撤回の言葉が返ってきた。





「・・・・おま、今剃るっつったばっかじゃねぇか」

「や、だってやっぱ坊主は花井のセンバイトッキョじゃん?」




そうか坊主は俺の専売特許だったのか。




な、と笑うこいつの、今度は首筋に汗が伝う。汗のにおいが蘇る。






「・・・それにさ、」


田島の声にはっと顔を上げる。まだ話は続いていた。

思考を飛ばしてしまったせいで、どの言葉に続く「それにさ」なのか分からないが、とりあえず先を促してみる。





「うん。それにさ、花井と一緒なのがいっぱいいるとかヤだしって思って。これは花井だけのもんで、それは俺が決めたから俺だけが知ってんの。すげくね?」



どうやら髪型の話がまだ続いているようで、相変わらず独自の理論を持っているようだ。



手が伸びてきて、俺の頭に触れた。肌にぴたっと田島の体温がくっつく。

顔に血が集中してくるのが分かって、眉を顰めて威厳っぽいものを慌てて取り繕う。






「・・・・・ほら、花井が一番似合ってるし」


頭をぽんぽんと撫でながらにかーっと笑う仕草は、本当に無意識下のものなのか疑ってしまうほど俺のツボをついてくる。頼むよ穴があったら入れてくれ。コイツを。




「・・・・・・ボーズにしてるやつなんで他にも腐るほどいるだろ」

「いやいやだからそーじゃなくて・・・花井暑くて脳みそ溶けてんじゃない?」


俺さっき理由っぽいの言ったのに、と笑いながら言った田島は、尻を椅子に付けたままずりずり移動してきて俺の隣に座りなおした。





「・・・まぁ俺ばかだしそんなうまい説明できねーけどさ、」


ずぃっと身を乗り出してくるもんだから、思わず背を反らせてしまう。それでも椅子の背凭れがある限り限界はありまして。




近づいてくる顔、頭に柔らかい感触。多分あれだ、・・・・唇だ。


頭にキスなんていつぶりだよ、幼稚園以来か?




またにーっと笑った顔。今度はひどく至近距離でだけれど。




「俺ん中でのこの髪型は花井だけで、他のヤツじゃいやで、増やしたくもないんだ。花井だったら何でもいいなんて言えねぇし。これが俺の花井だもん。」



また頭に手を乗せてなでてくる。今度はゆっくりと。



耳の奥で蝉の声がなる。頭では英語のスペルがひしめいて、鼻には汗の匂いが残ってて、皮膚は全身で田島を感じてる。





顔が熱い。








「・・・・・・・ぼ、」


「ん?」

「・・・・・・・・坊主にしたくないだけだろ、ホントは」

「・・・・まぁ半分は!」

「やっぱりか、・・・・つーか汗拭けって、また出てる」








サンキュ、と笑った顔にちくしょう不覚にも



ときめいちまったじゃねーか。



















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ハッピーバースデー!